最近では世界で活躍する日本人ダンサーも増えてきましたが、全てのダンスの基本、美としなやかさと技量と、あらゆる才能を追求したバレエ界で、トップの座に躍り出られる人はほんの一握り。今回お話を伺ったのは、かの有名なKバレエカンパニーでソリストを務めたのち、アイルランド国立バレエ団でプリンシパルを演じられた近藤真由美さんです。現在はわれらが飯能市で中学生と小学生の息子さん二人を育てながら、同じくバレエダンサーであるご主人共にKRMバレエを営んでいます。

~ いつ頃からバレエを始めたのですか?そのきっかけは?

「元々は横浜で生まれました。でも幼い時に父の転勤で群馬に引っ越して、父がその会社で同時期に東京から転勤になった方に出会ったんです。その方の奥様がバレエの先生でした。私の父は会社勤めする以前カメラマンをしていたのですが、趣味で続けていて、その奥様のお教室の発表会に向けて撮影を頼まれたのが始まりです。」

~それをきっかけにご両親にバレエを勧められたのですか?

「そういうことは全然なくて、私もあまり興味がなかったんです。でも、父の撮影にくっついてスタジオには通ってました。先生から「真由美ちゃんはいつ始めるの?」と言われた記憶はありますが、あまり関心がありませんでした。」

~意外ですね。興味なかったんですか。それがなぜ?

「その縁があって、発表会を見に行ったんです。本番だと綺麗な衣装を着て踊るじゃないですか。その華やかでキラキラしている世界を見た瞬間心変わりしました。それが5歳の時です。」

 

キラキラにやられてしまったと言う近藤さん。

確かに普段のレッスン風景って結構地味ですよね。素人目には、棒につかまってちまちま脚動かしてるだけにしか見えない。(実際すごい難しいんですけどね)バレエを始めたきっかけはごく普通の女の子です。

ただ、この時近藤さんが出会ったバレエの先生は非常に優れた指導力の持ち主で、当時始めたばかりだった小さなバレエスタジオを、のちに高校と提携して日本で唯一の全寮制のバレエ学科を設立するまでに成長させた、故・山本禮子先生だったのです。

それまでバレエに興味のなかった女の子の才能は、お父様の転勤先の同僚の奥様のご指導のもと育っていかれました。本当に巡り合わせって面白いですよね。

それ以来バレエひと筋の毎日を送り続けている近藤さんですが、いつ頃からプロを目指したのでしょうか?止めたいと思われたことはなかったのでしょうか?ステージに立てるダンサーは一握り。そんな狭き門を目指すきっかけなどはあったのでしょうか?

近藤さんは続けます。

「プロを目指すのにいつから、という記憶がありません。ただバレエしか考えられなかった。」

~コンクールに入賞したとか、そういうきっかけはなかったのですか?

「私の時代、コンクール自体が少なくて、そのどれもがレベルの高いものでした。なので予選を通過するだけで浮かれて叱られたこともありましたし、たくさん落ちたこともあります。練習もきつかったし、特に中学生の頃は思春期に入り、体の変化もあって、一番大変でした。でも、バレエ以外の選択を考えたことがありません。

とは言え、寮生活を始めた高校時代はちょっとサボるようになったとのこと。一日中バレエダンサーと過ごす毎日だったので、バレエとはまったく無関係の友達と遊んで息抜きがしたくなったそうです。ただ、サボるとは言っても、結局帰宅するのはスタジオ付きの寮なのですが…。

そんな近藤さんの経歴をここで少しご紹介します。

5歳より山本禮子バレエ研究所に入所、後に山本禮子バレエ団入団。
埼玉全国舞踊コンクール入賞。
アジアパシフィックバレエコンクール入賞第3位。
IBM賞受賞。
東京新聞主宰全国舞踊コンクール第2位受賞、など入賞多数。
1999年には熊川哲也率いるKバレエカンパニーに入団し、ソリストとして数々の作品に出演。
退団後、2004年アイルランド国立バレエ団、アイルランド イギリス国内ツアーに参加「くるみ割り人形」全幕にて主演。
帰国後、夫の昆野隆太と共にKRMバレエを開設。後進の指導にあたると共に他のバレエスタジオにてゲスト講師を務める。

才能がある人が頑張るとこんなに素晴らしい結果に結びつくのでしょうか?それだけではない気がしますが…。近藤さん曰く、どんなに練習が辛くても、本番が終わるとまた頑張ろうと思えるそうで、「中毒みたい」なのだそうです。

では、ここからはダンサーの就職と職場事情について伺っていきたいと思います。

~そもそも、プロのダンサーってどうやってなるんですか?

「大体はオーデションを受けて入団という形です。その団に居続けるケースもありますし、契約と言う形で短期間所属と言う形もあります。演目にお声をかけて頂けることもありますが、そのためにはまずコンクールで上位入賞したり、とにかく名前を売り込み知ってもらうことです。」

~ということは普通に正社員、契約社員、フリーランス的な感じなんですね。

「そうですね。でもヨーロッパと比べて日本のダンサーは報酬の面で見て立場的に弱いと感じます。アルバイトしながらと言う方も多いと思います。私の場合は高校を卒業した時にそのまま山本禮子バレエ団に入団したのですが、同時に研究所の生徒を教えるお仕事も始めました。その両方で別途にお給料が出たので恵まれていましたし、のちに入団したKバレエカンパニーでもお給料という形で頂いていました。」

恵まれていたとはいえ、外部での出演を引き受けたステージにチケットノルマがあったり、踊りよりも教える方に重心が傾いたり、ダンサーとして全てがスムーズだったわけではありません。聞くところによると、ヨーロッパにはバレエダンサーを公務員として扱い、45歳でリタイア、その後は年金暮らしと言う国もあるそうではないですか!

~お話を伺っていると、Kバレエカンパニーはダンサーとして安定した就職先だと思うのですが、なぜ退団なさったのですか?

一生に一度でいいから海外のバレエ団で踊ってみたかったんです。

やっぱり上を目指す人は考える事が違う!安定することよりも不安定なチャレンジを選ぶんですね!

その後知り合いのつてを辿りイギリスへ渡り、ヨーロッパ各国でいくつものオーディションを受けたのですが、ことごとく落ちたそう。そもそも近藤さんはクラシックバレエのダンサー。しかしながら、往々にしてオーデションの内容にはコンテンポラリーも含まれていて、そこがウィークポイントだったとか。

「全然歯が立たなくて落ち込んでいた時、知り合いからアイルランド国立バレエ団のオーデションがあるって聞いて、これでダメだったらもう日本に帰ろうと思って受けたんです。そしたら受かりました。」

抜擢されたのはあの有名な「くるみ割り人形」の主役、クララです。

近藤さんが打ち明けて下さったのは、山本禮子バレエ団の時も、Kバレエカンパニーの時も、「私はここで終わらない」と思っていたそうです。

「今振り返ると生意気と言うか…。気概だけはありましたね。」

…才能と気概。そのふたつは上を目指せる人の基本中の基本かも知れません。ただ、ここまでお話を伺って、近藤さんの場合、並大抵の気概ではない感じです。

~それでアイルランド国立バレエ団はどうでしたか?

「思った以上に大変でした。約2か月間で50公演踊りました。

~ゲッ!そんなに⁉

「それに団員は少人数なので、誰一人として欠けることが出来ないのです。衣装の担当も当番制で回ってきて、その管理もとても大変でした。日本ではやったことのない経験です。バスや船での長時間移動も多くて体調にも気を使いました。」

~忙しいですね。休みたくても休めなさそう。でも病気にもなれませんね。

「それがその船の中で高熱だしてたんです。体調が悪くて本番ギリギリに駆け込んで、地球が回ってる~と思いながら踊ったこともあります。」

…過酷!

「でも、隆太先生が看病してくれて…。」

隆太先生とは…?そうです。近藤さんのご主人です。アイルランド国立バレエ団で同じく踊っていた計3名の数少ない日本人ダンサーの一人。お二人は遠い異国のバレエ団にてめぐり逢いました。なんとまぁロマンチックな出会いです!

「隆太先生は家事でも何でも万能なんです。私が寝込んでいた時も食事作ってくれたり、一生懸命看病してくれました。」

そのかいあってか、近藤さんは無事公演シーズンを踊り通し、帰国を決心したそう。

「次のシーズンも踊らないかと誘われたんですが、念願だった海外バレエ団で、しかもプリンシパルを演じて、満足したというか、やり切った感があったんですよね。それまでこれ以上できないって言うくらい踊りに専念して、本当に忙しかったですし。」

~その当時まだ30歳そこそこですよね。まだまだ現役バリバリの年頃じゃないですか!幼少の頃より練習ばかり続けてやっと得たプリンシパル。そんなにすんなり手放せるんですか?

「私昔からなんとなく28歳くらいで結婚して、子供が出来たら引退、なんて勝手に考えていました。」

えぇっ⁉なんか計画的で潔い。でも、計画したというより自然に自分の中に描かれていた道のりだったそうで、「振り返ってみると、私ビジョンがあったんですね~」とご本人が驚く始末。

ところで、ちょっとここで下世話な質問です。

~バレエの世界って役の取り合いとか、同じ団員でもみんなライバルと言う印象なんですけど、妬み嫉み嫌がらせとかってあるんですか?友達ってできるんですか?

「私がいた団はみんな仲良かったです。もしかしたら私が気づかなかっただけかもしれないですけど。隆太先生にはいい意味で鈍感って言われてますから。(笑)」

そうなんですね~。素敵な方の周りには素敵な方しか寄ってこないという法則かも知れません。

帰国後の近藤さんは教える仕事をこなしながら、隆太先生ともデートを重ねてゴールイン。やがて現在のKRMバレエ設立となります。

~結婚、出産、子育て、家事、家庭と仕事のバランスはどんな感じですか?

「お話ししたように隆太先生は家事も得意ですし、子育ても何でもできます。私は妊娠中つわりがひどかったんですけど、レッスンに出ていると治まったんです。なのでぎりぎりまで教えて、産後は10日くらいお休みしましたが、その後は隆太先生と一緒に赤ちゃんおんぶしながら再びレッスンに復帰しました。不思議とレッスンに連れて来ると子どもが眠るんです。なので眠ったらそーっと布団において、ということをしてましたね。」

なんでもできるご主人と一緒に、子育てしながらお仕事を続けて、筆者が今まで伺った中で一番アットホームで理想的な職場環境です。もちろんお教室に通われている生徒さん方のご理解も深く、なんだか大勢の家族に囲まれて育つようで、お子様にも幸せな環境だなぁと思います。当然というか、ライフワークバランスに関して、

「特に悩んだことはありません。」

だそうです。

最後にバレエを習っている子供達と親御さんへメッセージです。

「私自身がそうだったように、私の教え子にはここでバレエをやっていてよかったと思ってもらえたら、と思いながら教えています。とにかくバレエを好きな気持ちを大切にしてほしいです。そして親御さんにはお子さんのバレエに関心を示しながら見守って、一緒に楽しんで頂けたらと願っています。」

筆者もバレエは大好きです。
ちなみにKRMバレエはお子様だけではなく成人のレッスンもあります。体験見学もできますよ~。
Beleaf+の読者様も、美容と健康のため、また自分へのチャレンジ
の機会として、素敵なご夫妻のレッスンに参加してみませんか?

 

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